屋久島のベストシーズンはいつなのか 前編
師走。あと数日で新年を迎えようかというくらいの年の暮れ。俺は港にいた。
たぶんあの船のうちのどれかに乗って、俺はこれから屋久島にいくのだ。
待合所にアナウンスがかかる。今日は波が高く出航が遅れている。という。
屋久島は鹿児島市から2時間弱の距離だけど、外洋に出るため海が荒れやすく、船の遅延・欠航は日常茶飯事らしい。
手持ち無沙汰で、手元のガイドブックをめくる。曰く、屋久島は世界屈指の自然遺産の島である。ベストシーズンは新緑のまぶしい春。だが夏は、海や川も楽しめて屋久島の自然をフルで味わえてお得。もともと雨の多い屋久島にあって晴天率が最も高く、紅葉も楽しめる秋も捨てがたい。なるほど、なるほど。それで、冬は。冬はどうなんだ。この年の瀬にしか休みの取れなかった悲しい勤め人は、どのように屋久島を楽しめばよいのだ。
というかそもそも、もしこのまま船が出なかったら市内で泊まるところを探さなければ。島の宿にもキャンセルをいれないと。それなら明日の朝の船も予約して…とぼやぼや考えているうちに、ぴんぽんぱんぽん。出航だ。錨を上げて、帆を立てろ。
高い波を切り裂いて、船はびゅんびゅん滑る。ジェットフォイルというやつだ。時速80kmで海面を飛ぶのだ。海面を高速道路並みのスピードで走るのだ。これはなかなか他では味わえない、爽快な乗り物である。しかし俺は船に弱いので、目を瞑りじっと座していた。
到着。鈍色の空と、ボツボツと粒の大きい雨に迎えられる。屋久島は市内よりも心なしか暖かい気がする。少なくとも本州よりは確実に暖かい。
この日は宿に直行。宿は大事である。何せ年末年始をそこで迎えることになるのだから。町の中心部から少し離れているけど、新しくてこじんまりしていて、個室のあるところにした。
海沿いの坂道をぐんぐんと登る。あれだ、見えてきた。東京から移住してきたというご夫婦がオーナーだ。二人揃って出迎えてくれる。おとうさんはよくしゃべる、サービス精神の塊みたいなひと。おかあさんは江戸っ子らしくチャキチャキしてるけど、言葉の一つ一つが優しいひと。
この日は疲れたので町には出ず、宿の夕食をいただく。
うひゃあ、うまい。名物のさば節を使った和え物から、地魚の刺身に焼き物、裏庭の原木からとったしいたけなど。怒涛のご馳走だ。おかあさん、料理上手ですね。
「ビールもいいけど、せっかくの屋久島だからね」と。
おとうさんからのサービス。「三岳は日本中で買えるけど、お湯割りが飲めるのは屋久島だけ。なぜなら屋久島の水が一番合うから」。うんちくを語るおとうさん。「サービス、サービス!」と結局、3杯もいただいてしまった。明日は早朝から山に登るのでこのあたりで失礼させてもらった。部屋も静かで清潔で、ころんと寝入った。
翌朝。
おかあさんのつくったお弁当をもって山に入る。標高が上がれば雪が積もる場所もあるらしい。簡易スパイクをはく。
白谷雲水峡。
道は整備されていて歩きやすい。
もののけ姫の作画の参考にされたとされる森。
ジブリが人気のアジア各国からの観光客も多い。
ハイシーズンには渋滞ができるほどというが、今なら自分のペースでぐんぐん進める。
あたりが一望できる人気のスポットも、独り占め。こんなにゆっくり写真が撮れることはないようだ。
屋久島のシンボルといえば縄文杉に違いはないが、辿り着くまでの行程を考えるとそう安易にはおすすめできるものではない。そこいくと白谷雲水峡はアクセス至便。行程ゆるやか。見どころ満載。この写真の弥生杉なんて、バス停からものの15分で拝めるのにたいへん立派なものである。
下山すると、おとうさんが近くまで迎えに来てくれるという。「早かったね、さすが若者!せっかくだから、暇なら島をぐるっと車で回ってみる?」親切な申し出に乗っからせてもらう。
海亀が産卵する海岸(雨)
灯台から眺める入江(雨)
屋久シカ(曇り)
滝(小雨)
高台からの眺め(晴れ)
島をぐるっと1時間半、ガイド付きの豪華な周遊ツアーだった。相変わらず天気が悪いことを除けば最高にぜいたくな時間だ。夕飯は町で食べてみたかったので、途中で車から降ろしてもらう。おとうさんは頼まれてもいないのに、別のトレッキング帰りの宿泊客の様子を見にいくらしい。きっと生来の世話焼きなのだ。
さてこの日の夕飯は、島一番の居酒屋ともいわれる「若大将」である。ここの主な特徴としては、若大将が西郷さんに激似である。もうヤケクソにそっくりである。鹿児島に住む人間が西郷さんに似ているというのは、ネタとしてはベタすぎるし、本人はどう思っているのだろう。「似てますね!」と1万回くらいは言われているだろうから、触れないほうがいいのか。いやいや、ここはちゃんと似てますねと伝えるのが観光客としての正しい振る舞いだろうか。正解が見出せぬうちに料理がくる。
魚がとにかく全部うまい。写真4枚目のお茶漬けなんか、これまたヤケクソのように刺身がてんこ盛りでおかしい。名物の「首折れサバ」が不漁だったことだけが心残りである。
死ぬほど腹がいっぱいで、ふらふらしながら宿へと歩いて帰る。風呂から上がると、おかあさんがお茶を入れてくれた。ありがとうおかあさん。おとうさんも、今日は車でいろいろ連れて行ってくれてありがとうね。「僕はこの島を愛しているからね、屋久島にきてくれる人には、可能な限り島のいいところを伝えたいんだよ」。それにしたって、親切心にも限度というものがあると思うが、それもこれも、人の少ない閑散期に来たからこその幸運なのだろう。
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後半へ続きます。