アラビア文字との和解、あなたたちの上にこそ平安を

デイリーポータルZで記事を書きました。よろしければ読んでやってください。

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記事冒頭では「神秘的」と表現したものの、よりストレートに表現すれば、取っ付きにくいアラビア文字。中東某国でレンタカーを借りるとき、外国人用の英語のメニューがあるのにアラビア語の資料を見せられながら雑に説明されたことがあり、ちょっと卑屈な苦手意識があった。実は今回の記事、おれ自身がアラビア文字との和解を図るためのものでもあったのだ。

 

(記事本文でも触れているように、菩薩のような山岡先生の丁寧なご説明によりアラビア文字への親近感は大いに増した。めでたしめでたし)

 

本編で盛り込まなかったお話がいくつかあるので、ここで供養させていただきます。

 

 

文字のカタチが変わるとて

アラビア文字は、単語のあたま・中ほど・お尻のどこに使われるかによって文字のカタチが変わる。

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これによってアラビア文字初学者の心を的確に砕こうとしてくる。覚える文字、めっちゃあるやん…と。

ただよく考えればおなじみのラテン文字系列の言葉とて同じこと。文の初めは大文字で、という謎ルールがあるではないか。

古い兄弟であるギリシャ文字キリル文字ラテン文字にあって、実はアラビア文字にないもの。それが大文字・小文字の区別なのであった。アラビア文字サイドからしてみれば、なんの意味があるんだこのダルい区別はと思うことだろう。

 

 

右から左へ、左から右へ

祖先のヒエログリフは右からでも左からでも自由に書けるから、アラビア文字が右から書き始めるのはなんら不思議なことではない。取材中のハイライトともいうべきこの学び。本当にポンと膝を打ちたいような気分だった。

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とはいえ、現代に生き残るヒエログリフの子孫たちの中で、右から書くのはアラビア文字ヘブライ文字くらいのもの。圧倒的に少数派になったのはなぜだろう。普通、右利きの人間が文字を書くとき、左から書いた方が手が汚れない。こう考えると左から始まるのが多数派であることは容易に説明がつく。石板に彫るという行為が、柔らかなシート状のものに書きつける行為へと変化する過程で、右から派は淘汰されていったのだろう。そう考えればやはり究極的には山岡さんのいう「アラビア文字がきわめて古いスタイルを保っているから」というシンプルな答えになるのかもしれない。(我が母語、日本語もこの間まで右から左という稀有な横書きスタイルを持っていたことはいったん置いておこう)

 

ちなみにこの話題で飛び出したしょうもない質問は「スーパーマリオみたいなゲームも、アラビア語話者は右から左にスクロールするほうがプレイしやすいんでしょうか?」でした。先生すみません。

 

 

神聖四文字とggrks 

アラビア文字はほぼ子音のみで記述するというのもまた、初学者の意欲を効率的に粉砕する。

ただこれについてもアラビア文字固有の特徴というわけではなく、ヒエログリフから受け継いでいる遺伝子なのだ。

ヒエログリフのような象形文字は、初めはモノや概念そのものを指していた。見た目通りの機能。しかしだんだんと文字の便利さが理解されるにつれて、いちいち新しい文字を用意するのは大変になるし、外国の文化を表現するときなどにも支障がある。そこで本来は「手」の意味を持つ象形文字を、「T」という音も表現できるように工夫してみたのだ(創作の例です)。こうしてうまれた文字を音で表現するというシステムはたいへん便利で、のちに広く使われるようになっていく(別系統ですが、漢字という表語文字から仮名を作った日本語も同じ発想ですね)。

オリジンであるヒエログリフからして、実は子音中心なのであった。母音も一緒に記述したほうがわかりやすいなという発想は、後付けの発明。ヘブライ語の神の名前が、ヤハウェだかヤーウェだかエホバだか、正確なところがわからないという話をきいたことがある人もいるかもしれない(神聖四文字。YHVHとだけ記録されていてなんと発音するかは正確には不明)。

 

記事ではこうした特徴を説明するにあたり、天ぷら蕎麦(tmprsb)を例に持ち出してみたのだけど、SNSで「ggrksだな」「kwsk」などのコメントがたくさんあった。しまった。そうだな、そっちの例のほうがわかりやすったな…悔しい!

 

 

 

 記事中に参考文献としてつけるのを忘れてしまっていたけど、この本にもだいぶ助けていただいたのでした。ありがとうございました。