Windows XPの壁紙を求めて

草原を見たことがあるだろうか。視界いっぱいに広がる大草原を。俺は、いまだ見たことがなかった。山がちな島国に生まれた人間として。なかでも都市部に育った人間として。草原の景色には、昔から漠然とした憧れがあった。そこで、ついにこの夏休み。かねてからの念願であった、理想の草原を探す旅に出ることにした。え?「理想の草原」ってなに?そんなのWindows XPの壁紙に決まっているでしょうが。

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草原のイデア

草原と一口にいっても、世界にはいろんな草原がある。アフリカのサバンナ、ユーラシアのステップ、南米のパンパ。どれもれっきとした大草原だが、俺にとっての草原というのは、もうどうしたってWindows XPである。

XPが世に出たのは2001年。今のアラサー世代には、本格的にPCを使いはじめた時期と重なるという人も多いだろう。かくいう俺も、自由研究の調べ物をしたり、ピンボールワームホールに突入したり、ときには肌色の出力が多めの画像を閲覧したりと、多感なティーンエイジをともに駆け抜けた愛機がXPであった。

そんなXPの代名詞といえば、草原の壁紙である。この写真を人生のうちで数千時間は視界に収めてきたはずであり、本物の草原をみたことがない俺にとっては、いつのまにかこの景色が草原の理想形として、草原のイデアとして頭に刻み込まれていった。


つまり。俺が草原を見にいきたいと言ったときには、何処の馬の骨ともわからない草原ではダメなのである。この嘘くさいほどに美しい、XPの草原こそが見たいのである。かくして俺は、旅に出た。

 

 

 

遊牧民の国は、草原の国

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こちらはチンギスハーン国際空港。モンゴル国の空の玄関口である。

モンゴルといえばチンギスハーン。チンギスハーンといえば遊牧民。そして遊牧民といえばやはり草原である。日本の4倍もの国土があり、その大半を草原が占めるモンゴル。この国ならきっと、理想の草原に出会えるのではないか。そんな期待を抱いて今回の旅先に選んだ。

この日は深夜便での到着のため、近隣のホテルに直行。タクシーのヘッドライトが照らす先以外、何も見えない暗闇を15分ほど走り、ポツンと浮かんできた頼りない明かりが、宿泊先のホテルであった。

 

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安いのに部屋はムダに広い。

明日は長距離バスに乗り、さらに内陸の地方都市へ向かう計画だ。明朝の出発時間だけ確認すると、長時間移動の疲れもあり、どろりと眠りに落ちた。

 


 


しかし朝起きると、まさかの展開だった。部屋の窓から見える景色、かなりXPだった。

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昨夜はMS-DOSばりの黒だったんですけど。

 

え、いきなり?というのが率直な気持ちであったが、嬉しいものは嬉しい。電線がすこし気になるものの、青い空、緑の大地、白い雲とXPの基本要素は備えている。

空港からものの15分でこの雰囲気。やはりモンゴル、ただものではない。しかし道理で、昨夜の道中は真っ暗だったわけだ。こんなところを走ってきただなんて全然気づかなかった。

 

 


草の海を行く

昼頃、バスで首都を離れる。6時間の長旅だ。車中でもいい草原を探すぞ。

走り出して10分。都市部から抜け出すと、さっそくXP感が強い!慌ててシャッターを切る。

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おお。

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うーむ。

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看板!ちょっとジャマ!

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草原が背景のガソリンスタンド、かっこいいね。


と、ハイペースで写真を撮っていたのだが、実はこれ以降の車窓はずーっと、ずーっと草原。はしゃぐ必要も焦る必要も全然なかった。あとからフォトアルバムを見返してみると、発車30分くらいで変わりばえしない写真を何十枚も撮っていて、何に感動していたのか今となってはさっぱりわからない。たぶん隣のモンゴル人の少女も呆れていたことだろう。

先ほども触れたように、モンゴルの国土は基本が草原なのだ(ゴビ砂漠は除いて)。モンゴルに「草原がある」という表現は体感的には正しくなく、どちらかというと草原がずっと広がっている中に、たまに街や道路があるだけなのだ。日本人にとっての海みたいなもんである。

 


だんだんと草原の景色にも慣れてきた頃。

 


あ、羊だよ!!

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みんな見て、牛!!!

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しかしこれについても、はしゃいでいるのは俺だけ。モンゴル人なにも言わない。なんというか住む世界が違うというのはこういうことだ。

 

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夏空の下、馬で駆ける子どもがバスと並走する。だってこんなのめっちゃエモくないですか。ねえ、何か言ってよモンゴル人…。

ちなみにこれはナーダムという夏のお祭りで、馬の長距離レースをやっているらしい。子どもたちの運動会的な位置付けでもあるそう。赤組がんばれ、白組まけるな。

 

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途中のトイレ休憩。いい草原だ。遠くにナーダムのテントが見える。手前のおじさんは「野」をしています。

 

 

 

この旅いちばんの景色

日が傾きかけた頃に到着したのはハラホリンという小さな小さな町。メインストリートに沿ってぽつぽつと低層ビル。それを取り囲む千軒ほどの民家。あとは基本的にぜーんぶ草原。これは否が応でも期待が高まる。

綺麗な草原を見にきたんだとゲストハウスのオーナーに伝えたところ、「とりあえず今から裏の丘に登ってみたら?夕日がとても綺麗よ」とのこと。すると、たった5分歩いただけでこの景色である。

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うわわ、なんだこれ。正直に言って、この旅のベスト風景が出てしまった。ここで記事を終えてもいいのでは、ってくらい感激した。

「どうせならビール持ってけば?」というオーナーのアドバイスもまた、絶妙であった。俺、ここで飲んだビールはずっと忘れないだろうな。

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ただそれはそれとして。やはりXPとは少し違うんだよな。欲をいえば、夕方の空よりも綺麗な青空がいいし、余計な人工物もできるだけないほうがいい。せっかくここまできたのだから、細かいところまでいろいろ粘ってみよう。

 

 

 

騎馬探検隊の結成と撤退

翌日は現役バリバリの遊牧民が案内する、乗馬体験ツアーを申し込んだ。


「諸君、馬の機動力を生かして広範囲を捜索できるチャンスだ。われら探検隊にとって今日という日を、XPを再発見した記念碑的な一日にするのだ。俺に続けっ」

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まあ普通に遊牧民のお兄さんが手綱を引いてくれるんですけど。

 

 


10分後。

 

 

 

 

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??

 

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???

 

 

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季節外れの、でたらめなヒョウに降られた。撤退を余儀なくされる探検隊。もといかわいそうな乗馬体験の観光客たち。

 

 

 

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これは雨上がりの景色。めっちゃ美しいけど、これまたちょっと違うんだよな。

 

 

 

鳴り響けファンファーレ

ええ、すいません。乗馬のくだりはあまり草原と関係ないです。茶番はさておき。この町に到着したときからなんとなくわかっていたことなのだが、初日に登った丘を超えたさらに先。ゲストハウスの窓から見える、このへんがXP的にちょうどよさそうだと思っていた。

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というのも。

これまでに出会った草原は確かに美しかった。だがXP的には、大切なものが欠けていたと言わざるを得ない。それは、空と大地を隔てるなだらかな曲線である。これを画角に収めるためには、緩やかな傾斜地を自らの足で歩き、丘の稜線が絶妙のバランスになるポイントを探して、写真を撮る必要があるのだ。そのためには、上写真の丘のあたりがちょうどよさそうなのだ。

 

ここであらためてXP的な要素を確認しておこう。

・緑のじゅうたんのような大地

・抜けるような青い空

・品のある白い雲

・人工物や余計なオブジェクトはNG

・なだらかな稜線 ←New!

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見本を再掲しておきますね

 

オッケー、求める条件がクリアになったぞ。それではお弁当をもってピクニックがてら、いってみましょう。

 

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おお。

 

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うひょー!


小さな丘を一つ越えるごとに、新しい景色が開ける。次はどうか、その次は…とひたすら歩き続ける。そして。

 

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これー!これでどうですか!美しすぎる!!!

 

構図的にはほぼ完璧でしょ!なに?雲が少し足りない?そこは大目にみてほしい。もうここまで2時間近く歩いているの。窓から見たときは近くに見えても、歩くと意外に遠いの。草原ってそういうもんなの。

 

だが決して、俺のなかでは妥協などではない。この景色を前にしたとき。このとき俺には、確かにあの懐かしいファンファーレが聞こえてきたのだ。流麗かつ壮大な、Windows XPの起動音が。

 

 

 

チャンララン ララ〜…♪

 

 

 

Fin.

 

 

 

 


おまけ

最後の起動音、ピンとこない人はYoutubeで調べてみよう。ところで帰国後に調べてみると、例の写真は1996年にアメリカのカリフォルニア州で撮られたものらしいということがわかった。モンゴルじゃないじゃん、って思うかい。そんなのは瑣末なことさ。大事なことは自分の理想としていた景色を超えるものを、実際にこの目で見たってことなのさ。

 

あと、コレができたから俺としては十分満足なのさ。

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