厳戒態勢の午後には、優雅な紅茶を

少し前のことになるが、6月末に大阪でG20サミットが行われた。関西以外の人にとってはすでに「ああ、なんかそんなのあった…かな」くらい忘却の彼方だろうが、現地に住む人間にとってはそれなりにビッグイベントであった。開催の数日前から敷かれた厳重な警備体制は非日常そのもので、家から通勤するまでの間にもたくさんの警官が立哨。地元関西だけでは人手が足りず、全国の警官が協力して警備に当たる姿も物珍しかった。俺の通勤経路は神奈川県警、千葉県警群馬県警岐阜県警石川県警という布陣で、ヒーロー大集合モノの映画みたいだなと思っていた。

 

さて本題である。かような警戒ムードのなか、会議当日に俺は何をしていたか。正解は、厳戒態勢の帝国ホテルにのこのこ出向いて、優雅にアフタヌーンティーをキメていた。です。

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6月29日。土曜日。最寄駅で降りると、すでに空気がものものしい。トランプはじめ米国首脳が宿泊する帝国ホテルは、重点警備施設の一つ。建物の前の車寄せから、黄色い警戒線がぐるぐる巻き。警察官だってそこら中に歩いている。どう見たって一般の客が気軽に中に入れる雰囲気ではない。しかしここは敢えて正面突破を試みる。

 

「あの、アフタヌーンティーを予約しているんです」

「は……?」

わかりやすく狼狽える北海道警のお兄さん。すみません、警備中にお茶を飲みに来るやつがきたときのマニュアルなんてないですよね。なんとかホテルスタッフに確認してもらい、裏口に案内される。

 

この日に向けて事前にお上から、市民としての正しいふるまいについてお達しがあった。警備の邪魔にならないよう不要不急の外出は控えて、家で横になって映画を観ながらブーッと屁でもこいていなさい、とだいたいこんなところだ。それなのに俺はわざわざ帝国ホテルに出掛けている。しかも不要かつ不急の用事で。邪険にされたり、あるいはお叱りを受けたとしても仕方ない。だがこちらにも言い分がある。人からご招待を受けて3カ月も前からたまたまこの日を予約していたのだ。G20で交通規制やら外出自粛なんていいだしたのはせいぜい1カ月前。G20のほうが後出ししたジャンケンなのだ。念のため直前にホテルに確認したところ「自家用車以外で気をつけてお越しください」とのことで過度な迷惑にはならないと判断。せめて挙動不審な行動で警備の手を煩わせぬよう、できるだけ堂々と振舞うことにした。

 

バリケードに囲まれた通路を通る前に、IDの提示を求められる。人生初、お茶を飲むために身分を証明する。建物に入る前にも、名前を告げて予約情報の確認。このへんでちょっと笑えてきたが、メインホールに入る前に、ダメ押しのように空港の荷物検査ゲートがあった。大喜利か。「こんな喫茶店は嫌だ」の大喜利なのか。

 

帝国ホテル1階 ブフェ&ラウンジ 「ザ パーク」。

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やっと落ち着いて写真が撮れました。えへへ、とてもきれいなところですね。それじゃ予約してた例のやつ、お願いします。

 

 

 

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「ウェルカムドリンクのスパークリングワインです」

おっと、さすがは帝国ホテル。気が利いている。ピンと張りつめた雰囲気の中をマヌケな珍客としてくぐり抜けた俺は、この席につくまでにさんざん冷や汗をかいていたのだ。キリッと冷えたスパークリングを口に含み、やっと人心地ついた気分であった。

 

ほどなくして、係の女性が恭しくメニューを持ってくる。「アフタヌーンティーセットではおひとり様につき、2つのお飲み物をお選びいただけます」。ほうほう、そういうものですか。ウバとアールグレイか何かにしたように思う。

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ティーポットに着せる保温カバー、かわいいですよね。

 

お茶を飲みながら、本日のメニューに目を通す。

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ふむふむ。おいしそうとかおしゃれとか、まあいろいろな感想はあるのだけど、アフタヌーンティーの魅力はこの情報量の多さだと思う。これがドーンと一つのセットでやってくるのだから嬉しい。

 

 

さて、満を持して。

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あら、いいじゃない。都会の3階建ても憧れるけど、こちらの3階建ても素敵ね。スコーンの付け合わせで、クロテッドクリームとジャム、ドライフルーツ盛り合わせもついてくる。

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ティーポットやカップなんかもあわせて、テーブルの上ががちゃがちゃと賑やかな感じになるのがいいんですよね、アフタヌーンティー

 

アフタヌーンティーの正式なマナーでは、下の段から順々に食べるべきとされているらしい。実際にはそんなことは気にせずに、食べたいものから好きなようにたべるのがよろしいわけだが、記事にするにあたってはどうしても順番というものが生じる。便宜上、下の段から一品ずつ説明します。

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こちらが1階のサンドイッチの段でございます。サンドイッチというのは孤高の存在でして。具材を豪華にしようとハンバーグを挟めばハンバーガーだし、ソーセージを入れればホットドッグになってしまう。つまり限られた手札のなかでいかに技量を発揮するかという、非常にストイックな料理なのである。え?カツサンドというものがある?あれはカツサンドという別カテゴリの料理です。ちなみに好きな味噌汁の具を聞いてるのに豚汁と答えるのも同じ理由でルール違反です。

前置きが長くなったが、このサンドイッチに挟まれている具はハム、トマト、レタス。そしてチーズと胡瓜。オーソドックス。老舗ホテルらしく、実に硬派である。それでいてしっかりとうまい。3階建ての基礎を成すのは、そういう芯の通ったサンドイッチなのである。

 

奥にあるのは海老と野菜のマリネ。好きな順番に食べるのがよろしいと書いたが、実際問題、下から順番にいくと3階にお住いのスイーツの皆さんを一気に食べるのはつらい。どうしても途中で違う味付けのものが食べたくなる。そのなかでマリネの酸味は貴重である。普通のアフタヌーンティーであればせいぜい甘味と塩味の往復だが、酸味が加わることで三角食べが実現する。日本人の食事習慣を熟知した最高のアレンジ。さすが帝国ホテルである。

 

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そろそろお客様を2階にご案内して差し上げて。普通、この2階というのはスコーンの定位置となっているわけです。たいていの3階建ての家は真ん中にリビングがあるように、2階といえばスコーン。しかし今日は2種類のキッシュも同居していますね。これはリビングがあるのに隣にサンルームも作り、2階全面を寛ぎの空間にしてしまおうという匠な発想なのです。なるほど道理で(道理で?)このキッシュ、ほんのり温かいんです。温かいお料理は温かいうちに。俺はここからまず手をつける。スモークサーモンのほうは塩気が効いている。もう一つはミートソースの中のゴボウがいいアクセント。どちらも、味がギュッと濃い。甘いものがたっぷりあるからこのへんでうまくバランスがとれている。そしてスコーン。スコーンなんてパサパサで何がうまいのかという人もいるでしょう。いいですか、スコーンの本体はこちらのクロテッドクリームです。

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これをたっぷり。たっぷりと塗りつけます。どうせ全部使い切れやしないんだから。ジャムやドライフルーツもお好みで添えて。クロテッドのこってりした油脂の旨味がボソボソのスコーンに合う。実においしい。しかしそういえば、クロテッドクリームってなんなんだろう。

 

脂肪分の高い牛乳を、弱火で煮詰めたものをひと晩おいて表面に固まる脂肪分を集め作られる。(Wikipedia)

 

あ…これもしかしてウルムじゃないですか。

両者がほぼ同じものとは知らなかった。

 

このあたりでお茶のおかわりが運ばれてくる。ふと窓の外を見ると、ホテル敷地内を巡回する警官も交代していた。そうだ、あまりに居心地がよくてすっかり忘れていたが、厳戒態勢だ。外は暑くてぴりぴりとしていて。中は涼しくてこの上なく優雅。すこし意地悪な話だけど、なんかめっちゃ貴族みたいじゃん。

 

 

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いよいよ、最上階へご案内です。このとき帝国ホテルでは抹茶フェアが行われていた関係で、緑色を基調としています。一番上の段というのは、アフタヌーンティーの顔。最上階でありながら同時に玄関なわけです。余白を生かしてちんまりと上品にまとめられていますね。華美になり過ぎず、むしろ一定の節度が感じられる。俺はスイーツの味の良し悪しはそんなにわからないのだが、指でつまめて一口でぽいっと食べられるところもよい。奥にあるほうじ茶ムースが特においしかった。

 

 

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はい、ナイスアフタヌーンでした。普段は立ち入ることのないラグジュアリーなホテルでも、ランチやティータイムなら気軽にいけるところがいいですね。

 

お会計の前にトイレを済ませようとしたら、トイレの入り口、本当に目の前までご丁寧にご案内されてしまった。そして手を洗って出てきたら、さっきの人が待っている。すみません、ここで勝手な行動したら大変ですもんね。警備関係の皆様、ホテルの皆様、そして会議運営に携わったすべての皆様、いまさらですがたいへんお疲れ様でした。